ドイツ デュッセルドルフのクッキングスクールから 

在独40年+α デュッセルドルフの大手料理教室で講師をしております

マイセンへ

 

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ドレスデンの義叔母が旅立ちました。

1924年生まれ、97歳でした。

 

義母の妹で、東西の歴史を生きた一人です。

 

今ではドイツの旅行先として人気の街のドレスデンですが、

戦争中はものすごい爆撃があり、

その後『社会主義』として壁崩壊まで、全く違う戦後の道のりを歩みました。

 

バナナを買うのにも並び、食品は切符制。

当時ドレスデンで一番良くてメニューも豊富だったレストラン

Luisenhofは完全予約制でしたが、電話は回線を切っているのかいつも通じず、

わざわざそこまで行って予約をしました。

レストランの入り口には冷たい目をした人が立っていて、やっと席に案内されても、

渡されたメニューはほぼ『売り切れ』

要するに、『食材がないので作れない』という時代が続きました。

 

 

戦中、爆撃があったのはドレスデンのほぼ中心部でしたので、

郊外となるピルニッツ城のそばの義母の実家は焼け残り

 

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そこにホームに行くまで義叔母は一人で住んでいました。

 

同じ道には作曲家

カール・マリア・フォン・ウェーバーの家があります。

 

 

戦争中は

ドイツ軍の傷痍軍人の療養所としてドイツ軍に押収されたこの実家。

 

家族は住んでいてよかったのですが、

家の2部屋のみに家族の使用が許されて、他の部屋は傷痍軍人たちが療養していました。

 

 

そこに診察に来たのが

戦前ドイツ領であったアルザス出身の義父。

義父と義母はドレスデンのこの家で出会い、結婚しました。

 

戦争が終わろうとするその年の春に、義母と義父はミュンヘンへ。

ここが運命の分かれ目で・・・

 

一人家に残った叔母は、しばらく教師として働いていましたが、

その後医大教授と結婚。

東ドイツにそのまま留まりました。

 

なのですが・・

 

お姉さん、

要するに義母が西側にいた関係上、

当時の東ドイツでは『生きるため』に必要な『党員』にもなれず、出世も遅れました。

そして残念ながら子供にも恵まれず・・・

 

今は

エルベ川沿いの小さな教会にあるお墓で

静かに眠っています。

 

 

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お隣はなんとフランツ・リストのお孫さんだそうで。

 

 

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という東ドイツのことにちょっとだけ触れさせていただきました。

 

本題に戻ります。

 

ドレスデンから車で45分ほど走ったところにあるのが陶器で有名なマイセン。

 

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Maisenではなく Meißen と書き、

ドイツ語の新しい表記法で はMeissenとなります。

 

 

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マイセンに行くのは久しぶりで、

以前は、家から一歩も出ないその義叔母を根気よく説得。

色々訳をつけて・・・

例えば『私がどうしても食器を買いたい』とかいう・・・(笑)

 

ともかく義叔母を連れ出し、お散歩いたしました。

 

今回は新しくなったマイセンの陶器製作所へ。

 

 

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とても素敵な建物になったここは、見学もできます。

 

 

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ショップの方は入場無料

 

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あらっ??

 

お寿司のセット???

 

 

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129ユーロですって(驚)

 

「129ユーロ出すなら、きちんと寿司を食べに行ったほうがいいぞ」

と、オット(笑)

 

 

陶器制作を見学するには入場料がいります。

一人12ユーロでした。

 

ここが入り口

 

 

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それはガイド付きのツアーで、

土を練るところから絵付けまで、工程を解説付きで見せてくれます。

 

 

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写真禁止ですので、この1枚しかありませんが、

とてもよく陶器作成の工程がわかりました。

 

ここの二階には歴史的な陶器が飾られています。

 

 

二階の壁にあるのが色彩のサンプル

 

 

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一つ一つに色の名前がつけられています。

 

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ちょっとこの写真だと色の名前がわかりませんねえ。。。。

ごめんなさい。

 

もしマイセンに行かれるようでしたら、ぜひ工房をご見学されることをお勧めいたします♪

主にドイツ語ですが、他の言葉での音声ガイドもあるようですので。

 

 

マイセンにはワイン畑も

そしてビールもあります。

 

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日本のビール的?

軽い口当たりのビールでした。

 

おつまみにはマイセンのポテトサラダ

 

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このポテトサラダは

デュッセルドルフ近郊ではみないタイプのもので、

どっしりとしたマヨネーズに、生のきゅうりとピクルスとが両方入っていて、

トマトも入っていました。

 

もしかして日本のポテサラ系かも。。。

 

と思っていたら主人が

「このポテトサラダはイマイチだね」

ですって。(笑)

 

そういえば、主人は日本のポテトサラダも

「なんじゃこれ? 冷たいマッシュポテトのマヨネーズ味?」

と言ったくらいですから・・・

多分、彼のDNAには存在しない味なのでしょう。(笑)

 

日本でも地方によって違いがあるように、

ドイツも郷土色がありますね。

 

そんなこんなで一日遊び、

夕方マイセンのワインを大人買いしてドレスデンのホテルに戻りました。

 

私たちのドレスデンの常宿はここ

 

https://www.elbterrasse-wachwitz.de

 

義叔母がホームに行ってからは、いつもここに宿泊いたします。

 

ここはお食事も大変美味しく♪

 

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ドレスデンは位置的にすでにバイエルン系なのでしょうか?

 

カイザーシュマルン もあります。

 

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もちろん朝食も充実♪

 

 

車でないと不便かもしれませんが、

ここの目の前からバスが出て、途中トラムに乗り換えれば市内の真ん中に着きますので、

駐車場を見つけるだけでも一苦労な市内へは、

バスとトラムの乗り換えで移動をしております。

 

 

*追記 

ベルリンに突然壁が作られ、西と東が完全に分かれたのが60年前の今日でした。